シシリアンルージュハイギャバ ゲノム編集トマト登場!

 2020年12月11日、ゲノム編集によりGABA(ギャバ、γ-アミノ酪酸)を通常の5倍程度含有するトマト(品種:シシリアンルージュ)が発表されました。そもそもトマトなどの野菜はカリウム含有量が多いため、いくつかのトマトジュースは、血圧を下げる効果が報告されている特定保健用食品や機能性表示食品となっています。そこへもって更にGABAを増やす仕掛けをゲノム編集で施すとは…! 素晴らしいセンスですね^^ かく言う私も、GABA受容体の研究をしていました。ということで、今日はこのハイギャバトマトについて語ろうかなと思います。

まずはカリウム摂取の良いところから復習

カリウムは取りすぎた食塩の排泄を助ける

 こんにちは。今日も今日とて血圧を考える、テレメディーズの谷田部です。さて、まずはトマト(カリウム)と血圧の関係から行きましょうか。

 カリウム摂取によりなぜ血圧が低下するかについては、いくつもの理由があると思われていますが、一つには腎臓からのナトリウム排泄を促す働きがあるようです。すなわち、取りすぎた食塩を尿の中に出す作用です。カリウムは、野菜や果物に多く含まれています。腎臓が悪いなど、カリウムがたまりやすい体質でなければ、積極的な摂取が勧められます。カリウムの補充により、血圧は4 mmHg程度低下するといわれており、摂取量が多いほど血圧低下量も多いと報告されています。また、血圧を低下させるだけでなく、カリウムの十分な摂取により脳卒中のリスクも大きく低下するため、WHOでは1日3500 mg以上のカリウム摂取を推奨しています。日本人のカリウム摂取量は、国民健康・栄養調査の結果から、約2000-2500 mg程度とされておりますので、さらなる摂取が勧められます。

リコピンなどの機能性成分が多いトマト

 上記のように、カリウムの積極的摂取による血圧低下作用は、臨床的に証明されています。またトマトには、他の野菜と共通してカリウムが多いという以外にも、科学的な根拠はやや弱いものの、健康に良い効果があるのではないかとされています。トマトそのものには、前立腺がんのリスクを減らす、白内障のリスクを減らす、女性での心疾患のリスクを減らす可能性が示唆されています。トマトには、リコピンという赤い色素がふんだんに含まれており、リコピンは細胞を損傷から保護する可能性のある強力なアンチオキシダント(抗酸化物質)です。動物実験では、各種がんの抑制効果や老化を防ぐ作用が認められており、ヒトにおいても同様の機能が期待されています。

無塩レシピ本フォトコンテスト

 

 写真はテレメディーズが実施した”無塩レシピ本フォトコンテスト”の課題となった食塩無添加カレーです。このカレーには、カゴメの食塩無添加トマトジュースが使われていて、普通のカレーよりカリウムを多く含むうえ、トマトのコクやうまみにも優れるため、通常のカレーよりはるかに少ない食塩量でも美味しく頂くことができます。減塩フォトコンテストから生まれたレシピ本は、近日中にテレメディーズから発行を予定しています。お楽しみに。

GABA(γーアミノ酪酸)ってなあに?

GABA(A)受容体は神経活動を調整しています

 GABAは天然に存在するアミノ酸です。脳(中枢神経系)には、GABAがくっついて機能を発揮する受容体(レセプター)がたくさん発現しています。GABAの受容体には大きく分けてA、B、Cの3種類があります。そのうち良く研究されて創薬にも結び付いているのは、GABA(A)受容体です。GABA(A)受容体にアゴニスト(受容体を作動させる物質)が作用すると、おおざっぱに言って神経細胞の活動が低下するので、GABAは抑制性の神経伝達物質とも呼ばれます。ですから、GABA(A)受容体を刺激する薬剤を用いると、ヒトは眠ってしまいますし、血圧も低下します。この特徴を利用した薬剤が、世にも有名なハルシオンなどの睡眠薬や、手術の時に使う麻酔薬です。そうそう、私も大好きなお酒に含まれるエタノールのターゲットもGABA(A)受容体です。道理で寝るわけだ...!

GABAの摂取により、血圧は低下します

 上記は、薬剤として安全しかし強力に作用を発揮するように開発されたGABA受容体刺激薬のお話ですが、天然のGABAは眠ってしまうほど(意識を失うほど)危険な量を摂取することは出来ませんのでご安心ください。天然に存在するGABAには、血圧を下げる作用があります。神経を抑制的に調整しますので、「ストレス軽減効果が報告されている」というチョコレートなどもロングセラー商品になっています。また、おなじみのトマトジュースをはじめとして、トクホを取得したGABA多めの日本茶や、GABAが多めになる機能を持った炊飯器など、GABAに付加価値を見出した商品は多いです。

シシリアンルージュハイギャバってどうよ

 臨床試験の結果からは、1日30~40 mgのGABAを含む食品を摂取することにより、血圧が低下したという報告があります。通常のトマト100 g(半分から1個くらい)には約35 mgのGABAが含まれているといわれています。1日1個のトマトで医者いらず!ミニトマトの重さは1個20 gぐらいです。報道によると、シシリアンルージュハイギャバには、通常のトマトの5倍を超えるGABAが含まれているということですので、1日1個のミニトマトで医者いらずかー...。いい時代になったもんだ。


(シシリアンルージュハイギャバ:サナテックシード株式会社ご提供)

 でね、でね、私的にはコストに期待しています。トマトって最近高くないですか?1個200円位ざらですよね。欲しいと思っても、スーパーで値札を見ると思わず躊躇してしまうチキンな私。医師目線から見ても、ジェネリックの降圧薬が1日1錠20円しかしないこの時代、「血圧高い人はトマト食ってるより薬を飲めば家計にも体にも優しいですよ」と言いたくなってしまいます。しかーし!このハイギャバミニトマトなら、1粒でトマトの美味しさと機能を堪能できるのです。もちろん、最初はコスト高でしょうけれども、普通のミニトマトの2倍ぐらいの価格なら、イメージだけでなくエビデンスに基づいた費用対効果という意味でも競争力がありそうです。
 ちなみに、私ども一家では寒いこの時期、とろーりチーズのトマト鍋が大人気です。チーズの塩分をトマトのカリウムとGABAが打ち消すNon Guiltyな組み合わせ。チキン(私)とトマトの相性は最高なのだよ!

谷田部はGABAと高血圧について、腎臓への作用を研究していました




 写真は、腎臓の集合管という場所にある、GABA(B)R2という受容体と、AQP2(アクアポリン2)という受容体を免疫蛍光染色という方法で見えるようにした顕微鏡写真です出典は私です。シシリアンルージュハイギャバトマト食べたら、腎臓には何かいいことあるのかなあ???

本年のノーベル化学賞を受賞した技術により誕生

シシリアンルージュハイギャバはノーベル賞トマト

 ドイツのエマニュエル・シャルパンティエ先生(フランス出身)とアメリカのジェニファー・ダウドナ先生が、この技術の生みの親として2020年のノーベル化学賞を受賞しました。チコちゃんへのリンクはこちらです。受賞理由は、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナインと読みます)という方法の基礎を考案することで、簡便かつ正確にゲノム編集をすることができるようになったからです。ちなみに、CRISPRだけ取れば、その発見には日本人が貢献しております。

CRISPR/Cas9システムとは?

 今までは、遺伝子を入れたり消したり、変異を起こさせたり、特定のたんぱく質の機能を増やしたり減らしたりするには、コロナで有名になったPCRという技術を基本にしながら、相当のお金と長い期間をかけてやらなければなりませんでした。CRISPR/Cas9は、細菌が持つ、ウイルスに対する獲得免疫のメカニズムを応用したゲノム編集技術です。外敵であるファージというウイルスが細菌に侵入したとき、その二本鎖DNAが過去に見たことのあるものである場合、CRISPR由来の目印RNAがスイーッと近づいて行って、敵のDNAにピトッってくっつき、その場所を狙い撃ちでCas9ヌクレアーゼというハサミがチョキっとしてブッ倒すという仕組みです。これを逆手にとって、人間の細胞核にある二本鎖DNAを自由な場所で切断できるようにしたのです。その切れたところには修復が起こるのですが、この修復の際に、ちょっとだけ変異が起きてしまうことがあります。このことにより、その場所の遺伝情報が変わり、タンパク質への翻訳結果を変えてしまうことが出来るのです。
 植物でのやり方は詳しくありませんが、動物の場合には、受精卵に目印RNAとCas9を注射するだけで終わりなので、ゲノム情報を変えるという意味においては、今までよりもずっと簡便確実な方法です。もちろん、ゲノム編集の準備や、変異が起きた後の機能評価にはとてつもない労力がかかります…。

ハイギャバはどうやったの?

 GABAは、同じアミノ酸のグルタミン酸から作られます。GAD(グルタミン酸脱炭酸酵素)が、グルタミン酸から二酸化炭素を分離することで、GABAが産生されます。筑波大学の江面浩教授らのグループはRISPR/Cas9システムを使うことによって、このGAD酵素の活性を自己制御しているハンドル部分が翻訳されないような変異を起こすゲノム編集を行いました。
 GAD酵素の働きが程よく調節されるように、ハンドル領域以降はGADの活性中心に蓋を置いたり外したりする役割を持っています。色々な機序はありますが、これはよくある機能で、行き過ぎを防ぐことをネガティブフィードバック、逆にアクセルを踏むようにするのをポジティブフィードバックと呼びます。この鍋蓋機能を取ってしまい、ネガティブフィードバックが起きないようにすることでGABAの産生に歯止めがかからないようにしています。
 論文を拝見しますと、CRISPR/Cas9システムを使うことで従来の方法に比べて楽にゲノム編集が出来ても、その前後の検討が結局のところ膨大です。でも、トマトを育てるという楽しみと、分析でGABAが仮説通りに増えたことが分かったときの喜びはいかばかりかと推察します。段取りとしては、おおよそ次のような感じでしょうか。
1) GABAを産生する酵素、分解する酵素などGABA代謝に関わるたんぱく質の中から、SIGAD2とSIGAD3をターゲットに絞る。
2) CRISPR/Cas9システムを使って、GAD遺伝子のハンドル部分が翻訳されないようにしてしまう。その際、何種類かの目印RNAを検証。
3) CRISPR/Cas9により、塩基はランダムに入ったり、入らなかったり、欠損したり、そのままだったりするので、それぞれにGADとしての活性を検討。
4) ゲノム編集によってGAD活性が高くなった種?を撒く。
5) 育ち具合を比較。
6) 収穫して成分分析、GABAの含有量を調べる。
7) ハイギャバトマトピザで乾杯!?(笑)
 そのほか、GAD3よりもGAD2の活性を高くすると育ちが悪く、それはGAD3は主にトマトの実に、GAD2はトマトの葉に発現しているからだそうです。葉でGABAが多くなってしまうのは植物の発育に良くないようですね。また、実のGABAも多ければいいというわけでもなく、製品としては通常のトマトと比較して、5倍程度のGABA量に落ち着いたようです。
 いやはや、素晴らしいお仕事ですm(__)m

ゲノムが変わっても安全なの?

 結論からは、安全と考えられます。まず、かつてから安全性について議論のあった「遺伝子組み換え」食品と、「ゲノム編集」食品は、定義から違います。前者は、トマトに人間の遺伝子を入れてトマト人間を作る感じです。なんか安全ではなさそうですね。怖いです。後者は、トマトをヒマラヤで育てていたら、ちょっと味が違うトマトになってきたとか?です。たとえが合っているかどうかは分かりませんけど…。ゲノム編集にもいろいろありますが、自然界でも起こりうる程度の突然変異を人為的に行うことについては、届出のみでOKだよ、ただ、できたものの品質についてはちゃんと検討してねということです。
 よって、今回のシシリアンルージュハイギャバに関しては、1)食べられるトマトだった、2)GABAが多いと言っても普通のトマトと比べて5倍程度、3)GABAには摂取上限量がない、などのことから法律的にも、食品としても全く問題ないと判断できます。

遺伝子組み換え食品 ゲノム編集食品
他の生物の遺伝子を導入 特徴 自然界でも起きうる突然変異に相当
安全性審査が必要 審査の有無 届出のみ
害虫に強いトウモロコシ、ウイルス抵抗性ジャガイモ 高GABAトマト、高オレイン酸大豆

おわりに

 前回のBlogでもご報告いたしました通り、高血圧ケア・治療の多様性を重んじる一般社団法人テレメディーズでは、患者さんがご相談にいらっしゃるのをクリニックで座して待つのではなく、こちらから皆様との接点を広げつべく様々な活動を行うことをモットーにしています。その一つがマルシェへの参加です。テレメディーズでは、このシシリアンルージュハイギャバを推し食品として注目してまいります。
 ちなみに、トマトって食べれない人も多いですよね。じゃあ次は稲ですかね!(スイマセン。現場の苦労も知らずに...。)
では、今回もおあとがよろしいようでm(__)m

みなさまへ

 本記事は、ちょっと普段より私情多めで書いておりますので、後ほどアップデートをしていく予定です。本ブログは修正履歴が残りませんので、誤字脱字や追記については特に告知いたしません。間違いがあった場合には、該当箇所を残し注記したうえで、修正を入れます。よろしくお願いいたします。

谷田部 淳一

この記事の監修

谷田部 淳一

医師・医学博士・高血圧専門医・内分泌代謝科専門医・指導医 一般社団法人テレメディーズ代表理事 高血圧診療のデジタル化を推進。ところが前のめりになりすぎて、マルシェで果物を売っていたりする。高血圧の総合商社になれたらいいなと思う今日この頃。

医師・医学博士・高血圧専門医・内分泌代謝科専門医・指導医 一般社団法人テレメディーズ代表理事 高血圧診療のデジタル化を推進。ところが前のめりになりすぎて、マルシェで果物を売っていたりする。高血圧の総合商社になれたらいいなと思う今日この頃。

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